堀口コラム 閑話

2021年8月3日 更新

スフィンクスと背骨の話

 「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か」 有名なスフィンクスの謎謎。スフィンクスというとエジプトのスフィンクスがすぐに頭に浮かぶと思いますが、神殿の守護者として神聖なものとされているエジプトのスフィンクスに対して、謎謎を出して答えられない旅人を食べてしまう怪物として描かれているのはギリシア神話です。謎謎の答えは人間であり、赤ん坊の頃は四つん這い、やがて2本足で立つようになるが、老人になると杖を突くので3本足になるというわけです。その問いに答えたのは、ギリシア悲劇で有名なオイディプスで、答えられたスフィンクスは、自ら死んでしまいます。
 「オイディプス王」 私がこの話を最初に読んだのは学生時代でした。生まれた子供が自分を殺すと神託を受けたオイディプス王の父親ラーイオスは、オイディプスを捨てるのですが、成長したオイディプスは父と知らずラーイオスを殺し、母と知らずイオカステーを娶り、その事実を知ったオイディプスは、自ら目をえぐり放浪の旅に出るという救いのない話でした。この話は母親を手に入れようと思い、また父親に対して強い対抗心を抱くという、幼児期の心理の抑圧である「エディプスコンプレックス」の語源になっています。
 さて謎謎に戻りますが、なぜ「3本足」になるのでしょうか? 足元が不安定だからというのは、半分正解です。残りの半分は矢状面(前後方向)のバランスの話に触れなければなりません。背中が前に曲がってくると、バランスが崩れてしまい、そのままでは前に倒れてしまうので、支えるものとして杖が必要になるのです。背中の曲がる原因として、重大なものに骨粗鬆症状態での背骨の骨折があります。特に胸と腰の境目付近では、後方よりも前方がつぶれるため、背骨が前に傾いていきます。
 変形し、前に傾き固まった背骨を元に戻すためには、大変な手術が必要です。しかし骨折後あまり時間が経過していない時期に、その背骨をつぶれにくくする手術は、傷も小さく短時間でできます。風船で背骨を膨らませて、そこに骨セメントを入れる、その手術をBKPと言います。背骨の骨折という悲劇をより大きなものにしないために私たちにご相談ください。「3本足の人間」。スフィンクスが想定した当たり前の老後を覆して、スフィンクスをびっくりさせたいものです。

整形外科 中尾慎一